◆『PHANTOM THE UNTOLD STORY 語られざれし物語』への想い◆ この壮大な物語を前にした時、人間の深淵を感ぜずにはいられない。壮絶な、これ以上の絶望はないと言うほどの絶望から、微かな、消えてしまいそうな手がかりを頼りに希望を紡いでゆく。しかし運命は容赦なく、薄絹のように積み上げた希望の上に重い石を被せ傷つけ切り裂いてゆく。その度に新たな絶望に打ちひしがれながらも、それでも僅かに残った薄絹をまた丁寧に重ねてゆく。それが生きるということなのだろう。この物語はそう語っていると思う。 主人公エリックの授かってしまった絶望――――それは醜く恐ろしい容姿ゆえに、愛とは無縁の状況に置かれてしまう宿命だ。この世に生を受けた瞬間から、その醜く恐ろしい容姿ゆえ母親に拒絶されるという、凄絶な人生のスタートを余儀なくされたエリック。自我の目覚めを迎える頃には、愛を諦めて生きてゆこうとする。しかし愛は拒絶しきれるものではなく、他からも自己の内側からも、絶え間なく心の呼び鈴を鳴らしつづけるのだ。その微かな遠慮がちに響く声と、理性で折り合いをつける術を習得してゆくエリック。しばらくは平安を保っているが、壮年期になり激しい熱情に駆られる。それこそ彼の一生分の愛が堰を切ったように溢れだす。醜く恐ろしい容姿と引き換えのように彼に与えられた天才的頭脳、建築家としての才能を遺憾なく発揮できる状況を掴んだ彼はパリのオペラ座の構築に取り掛かる。その完成したオペラ座で出逢ってしまったクリスティーヌが恋の相手だ。この部分の恋の物語は、ミュージカル「オペラ座の怪人」も表わされているが、この物語「ファントム」の素晴らしさは、愛の結晶を未来へと繋いでいることだ。そして、クリスティーヌのキスが、彼の全人生へのキスであることを慈愛に満ちた優しさで著していることだと思う。母親に一度もキスをされなかった子供――――エリックが初めて受けるキスなのだ。そのキスの刹那に、生まれおちた瞬間からの絶望が昇華されてゆく。なんともドラマティックで切ない。そして薄氷を踏むように生きてきた彼の人生に、人間の深淵を思うのだ。 心を鷲づかみにされる物語に出逢うと、芝居作りを生業としている者として、舞台上に追体験させていただかずにはいられないという抑えきれない熱情に駆られてどうしようもなくなる。「ファントム」の物語に出逢って15年ほどになるだろうか・・・・。舞台にエリックの人生を乗せたいという熱情は、この物語に出逢った時から、絶えず心の中で疼き続けていた。しかし、物語のあまりの壮大さ、深さに恐れをなし、湧き上がる熱情と現実との相克に苛められるだけの日々を余儀なくされていたのだ。正直に言えば、怖くて踏み出せずにいる自分がいたのだ。私事で恐縮だが、昨年スタジオライフは創立25周年を迎えさせていただいた。今年、次なる一歩を踏み出す時に、新しい未来を拓くために、是非、15年間、置き去りにしてきた想いに挑戦させていただきたいと思ったのだ。単に物語をなぞるだけのダイジェスト版にはしたくない。エリックの人生に失礼の無いよう歩み寄り、彼の魂の真髄に触れてゆきたい。その覚悟で、舞台化に臨ませていただきたいと切望している。 劇団スタジオライフ 脚本・演出: 倉田 淳